価値観の違いは、わがままではない
子供の頃からの経験や、育った環境の違いなどが、
人それぞれの異なった価値観や考え方を作りだしています。
このことを理解できない人にとっては、
相手の行動すべてが、わがままに感じられることでしょう。
「なんでそうなの?それ間違っているんじゃない?!」ということになれば、
相手の考え方や行動を修正させようとして、躍起になります。
言われた相手は、自分が否定されたと感じて不快感がだけが残り、
それ以降、警戒心のアンテナが立ちっぱなしになります。^^;
このように、お互いの悪いところをつつき合っていては、
小さなストレスが、いつか大きな感情となって爆発するのも時間の問題です。
逆に、価値観の違いについて、きちんと理解できている人であれば、
「そういう考え方の人も、世の中にはいるのよね」
と、冷静に考える余裕も生まれるのではないでしょうか。
私も同居を始めた頃は、姑との考え方の違いに相当とまどいました。
価値観や行動パターンが、まったく異なる二人だったんです。
こんなに感覚の違う人がこの世にいるのかと
当初は驚きっぱなしで、まさにカルチャーショック!
それもそのはず。
姑は、私がこれまで意識して距離を置いてきた
いちばん苦手なタイプの人だったんです。
少し話してみて、感覚的にちょっと無理かな?と思うと、
その人とはできるだけ関わらないようにして、
無用なトラブルを招かないようにしてきたんですね。
当然、そういう苦手タイプの対処法なんて身についていません。
ですが、相手は夫の母であり、同居の姑。
避けて通りすぎるわけにはいかず、
毎日、顔を突き合わせないわけにもいきません。^^;
相手の行動に対し、「なんでそうなるんだ?」と疑問を感じたり、
姑の考え方や価値観をなかなか理解できず、
何年もの月日を葛藤して過ごしたことか知れません。
このままではいけないと、
人間関係を円滑にする裏技的な本や、性格分析の本などを
読みあさって、相手のことを理解しようと勤めてきました。
また、自分が変わることで解決できればと思い、
相手の変化は求めずにこの10年、自分から少しずつ歩み寄ってきました。
これまで、乗り越えてきた壁もいくつかありますが、
いまだに姑の考えや価値観を理解できているとは思えません。
姑と一緒にいるだけで、苦痛に感じることが今でもよくありますから、
理解しようということ自体きっと無理なのでしょう。^^;
ただ、相手の存在を認めること、こういう人もいるんだと割り切れたことが
自分の気持ちをかなりラクにしてくれていると思います。
あとは、「反面教師」と割り切り、自分が成長するための材料として
上手に利用していくしかなさそうです。